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名古屋高等裁判所 昭和55年(ネ)436号 判決 1981年8月20日

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人豊橋市南部農業協同組合は控訴人高崎明に対し、金三七五〇万円及びこれに対する昭和五三年四月四日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人鳳来町農業協同組合は控訴人宇野良和に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和五三年四月四日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決八枚目裏八行目の「本件事故現場が」から同九枚目表一行目の「これを争う、」までの部分を「三の点は認める、」と改める。)。

第一主張

(控訴代理人の追加陳述)

一  「重大な過失」の定義について

1 原判決は、商法六四一条の免責事由にいう「重大な過失」とは、保険給付をなすことが保険団体に対する信義に反し公序良俗に反するか否かに照らし決すべきものであり、被保険者と同種の職業地位にある者を基準として判断すべきであるとし、これを本件養老生命共済契約の免責事由である「重大な過失」の解釈にも及ぼしている。

2(一) しかし、原判決が定立する概念及び判断基準は、「重大な過失」を「故意に近似する注意欠如の状態」と定義する判例、学説に比較し、「重大な過失」の範囲を拡大するものであつて容認できない。

(二) また、原判決の定義は、明確性、客観性に欠けるものである。けだし、「保険団体に対する信義」といつても、保険団体なるものが実証的にいかなるものなのかが明らかに分析されない限り、「いかなる信義則関係で加入者が予定し加入し合つているのか」を具体化できないからである。この点につき、原判決は、「悪質な事故をも含めて算定するときには、必然、危険率が高くなり」としているが、現実の保険料額、予定された危険率を明確にしない限り、「何が悪質―予定外―であり、免責対象とすべきか」を法的に特定しえないはずである。右のような概念だけでは、重大過失の内容は不明というほかない。

(三) 更に、「公序良俗に反する」との定義内容も不当である。原判決は、「事故発生抑止の念をおろそかならしめ、事故の増加にもつながる」ことを公序良俗違反とする。このことからすると、免責事由のない生命保険制度そのものが公序良俗違反ということになる。しかし、何人といえども、特殊な場合を除き、自らの生命身体の安全よりも金銭給付を選択するという行動をとらない。保険制度は、この人間的心情の上に成り立つた制度であり、むしろ、あらゆる「偶発」そのものに対する不安への保証制度である。重大な過失の判断において、「保険給付制度は、無謀悪質事故を誘発する」との前提に立つ原判決は、保険制度の予定した人間の心情を無視した論にほかならない。保険制度において公序良俗違反を考える場合、「偶発性」と矛盾した心情である「故意性」、「射倖性」にこそ求めるべきである。

(四) 右のように原判決の「重大な過失」の定義は、明確性、客観性が欠け定義たりえていない。また、保険制度に適つた解釈にもなつていない。

保険制度の危険性は、それを悪用しての射倖性であり、免責事由である「故意」、「重大な過失」も右に準拠して判断さるべきは当然である。

(五) 次に、原判決が「重大な過失」の判断基準を被保険者の職業地位に求めていることも全く理解し難い。右によると、被保険者のそれぞれの職業地位によつて、ある場合は免責され、ある場合は免責されないという主観的な個別性を認めることになるが、一体、被保険者の職業地位によつて「判断基準」がどのように異るのか自体が不分明であるし、保険料額が被保険者の職業地位にかかわらず一率であることをどう説明するかも不明である。

二  原判決の事実認定の一方性

原判決は、本件事故の態様等について事実認定を加えたうえ、これを右のとおり定義した「重大な過失」にあてはめているが、原判決の認定には、特に次の事実につき不合理で一方的な点がある。

1 本件道路の見通しについて

原判決は、本件道路は駐車車両を十分見通せる状況にあつたとして、亡敏朗の著しい前方注視義務違反を認定している。

しかし、本件道路は甲第一号証の実況見分調書添付の交通事故発生現場見取図(以下単に「見取図」という。)の図示よりも鋭角に左折(亡敏朗の進行方向を基準として)している道路であり(甲第二号証参照)、本件事故は深夜、暗黒の中で生じたものである。従つて、本件道路の見通しの良否は、亡敏朗が運転する自動車(以下「本件車両」という。)の前照燈の照射能力との対応の中で判断されるべきである。すなわち、左折前、前照燈の及ぶ範囲は、前方のみであつて、左折開始後、車両方向に伴つて、駐車車両が照らし出されるということになるのであつて、原判決は、白昼と深夜とを混同しているものといわなければならない。

2 駐車車両が「小山のような」との点について

原判決は、駐車車両が高さ三・二一メートル、幅二・一メートルの大きさで小山のように巨大であり容易に発見しえたとしている。

しかし、これは事故発生の時間帯での検証等の手続なくしての主観的で素朴な判断でしかない。駐車車両は、甲第二号証の写真(六)にある形態のものであり、上半分は前方に運転席のみある車両で、高さ三・二一メートル分全部が幅二・一メートルの面をもつた形ではない。更に、この上部の運転席の位置が、右側駐車車両を左側駐車と誤認させやすいことに注意を払う必要がある。

3 駐車車両が一・二メートル移動したとの点について

原判決は、本件衝突事故により駐車車両が一・二メートル移動したと認定している。その証拠としては、甲第一号証の実況見分調書中にその旨の記載があるが、これは見分者が立会人平河幸由の指示に従い、路面上のタイヤ痕で確認したものであり、更に右調書添付の見取図には本件車両の停止位置<1>から一・二メートル移動した地点に駐車車両が表示されている。

右説明と確認によれば、本件車両と駐車車両とは完全に分離された状況で見分されていなければならない。ところが、右実況見分調書添付の写真(乙第一号証の写真と同じ)によると、実況見分時、本件車両は駐車車両に食い込んだ状態になつている。右写真は見分者の主観の入らない正確な見分時の資料であるから、右見取図は誤りといわなければならない(本件車両のタイヤ痕の表示が見取図<1>の地点で止つているから、見取図に示された本件車両の停止位置は正しいものと考えられる。)。そうすると、見取図は駐車車両の停止位置につき誤つた表示をしたずさんなものであるといわざるをえず、駐車車両の一・二メートルの移動はなかつたものと考えざるをえない。また、立会人平河幸由やタイヤ痕を認めたという見分者が、衝突により駐車車両が一・二メートル動いたと安易に判断したのも誤りといわざるをえない。

更に、原判決が認定するように、衝突により駐車車両の一・二メートルの移動があつたとするならば、自重七・六トンのクレーン車にもぐり込んで押出すのであるから、本件車両の制動痕以上に濃いタイヤ痕が改めて発生し残留しているはずであるのに、この痕跡は全く存しない。

4 タイヤ痕について

原判決は、本件車両のタイヤ痕は形状が終始一様であつて、終始同一の性質のタイヤ痕であると認定している。

しかしながら、甲第一号証の実況見分調書添付写真に写し出されている痕跡は、写真撮影のため、白墨で色ぬられたものであつて実際の形状を示したものではない。よつて、原判決が右白墨による表示をもつてタイヤ痕が終始一様となつていると認定したことは不当である。

また、右実況見分調書添付の見取図には、四条のタイヤ痕が明確に記載され、同調書中には「タイヤ痕跡がわりあいはつきり認められ」と記載されているが、右状況を撮影した同調書添付写真をみると、タイヤ痕(白墨で示されたもの)は三条写つているのみで、四条は存しない。更に、衝突、停止した状況下での写真(甲第三号証の一、右調書五葉目の写真と同じ)をみると、停止直前のタイヤ痕は三条(推定されるのを含め)存するにすぎないが、見取図には車体の下部まで四条記載されている。甲第三号証の一の写真は、本件事故現場の状況を正確に記録するために撮影されたものであり、事故時点に近接してのものであるから、「わりあいはつきりと認められるタイヤ痕跡」であれば、どのタイヤ痕も当然に写し出されていなければならないはずである。

更に、見取図に図示されている四条のタイヤ痕の中、中央の二条は真中あたりで交差し×印型になつて衝突地点に到達しているが、実況見分調書添付の写真三葉目では、三条のタイヤ痕は衝突地点の少し前ではじめて二条が合条し終了している。

右のように見取図のタイヤ痕の記載は全く事実と異り、作成者が誤解のまままとめたものにすぎない。

次に、見取図はカーブ痕跡を若干の円みをもたせながらもほぼ直線に描いているが、実況見分調書添付の写真二葉目によると、痕跡の発生後大きく左へわん曲している。更に見取図は、衝突地点付近において、ほぼ直線で車両下部に至るタイヤ痕を図示しているが、右調書添付の写真五葉目にあるとおリ、痕跡は直線でなくカーブしているうえ、車体下部には及んでいない。

以上のように甲第一号証の実況見分調書は、本件事故時の状況を推定する証拠としては明らかに不正確であり、特に、本件では、高速性が重大過失の要件とされ、その速度推定は専らタイヤ痕に基づいてなされていることを考慮すると、右調書を証拠とした原判決の事実認定も不正確なものといわなければならない。

5 道路中央部を進行していたとの点について

原判決は本件車両が道路中央部を進行していた旨認定している。

しかし、甲第一号証の実況見分調書添付の見取図によれば、むしろ、左折するにつき左方より中央によつて状況が推定できるのであつて、右認定は不当である。

6 時速七〇キロメートル以上との点について

原判決は、スリツプ痕跡からの計算上、本件車両の速度を七〇キロメートル以上と認定している。

しかし、前述のとおり駐車車両が一・二メートル移動したこと自体、証拠上むしろなかつたのであるし、かつ、右認定はタイヤ痕即スリツプ痕とした不当な考えに基づくものである。すなわち、速度に応じてカーブ痕は大なり小なり生ずるのであり、もし七〇キロメートル以上でカーブ痕なしとすれば、このこと自体矛盾したものである。

三  「重大な過失」のあてはめについて

原判決の定義する「重大な過失」に、原判決認定の事実をあてはめても、何故、本件事故が免責事由所定の重大な過失に該当することになるのか不可解である。

原判決は、<1>アルコールの影響があつたこと、<2>闇夜、屈曲した路上を、前方注視を怠つたまま時速七〇キロメートル(制限速度四〇キロメートル)以上の高速運転をしたこと、<3>駐車車両に追突したこと、の三事実をもつて直ちに典型的無謀操縦行為とし、保険団体に対する背信的行為であるとしている。

しかし、本件事故は、多量の飲酒をし明らかな酩酊下暴走し電柱等に衝突したものではない。亡敏朗の飲酒の程度は微酔の程度であり、いわゆる「朗らかなる程度」のことであつて、原判決も検討しているように、運転への影響が不明な程度である。原判決の認定は、事故の態様から酩酊を強いて推定し、反社会性へ導こうとする論理であつて、客観的な事実を認定していない。事実は、原審証人村田郁子の証言が示すように、運転に影響のない状況であつて、これに矛盾する証拠もない。更に、交通手段がほかになく、通行者のいない田舎において、右程度の飲酒下で自動車を運転することをもつて「無謀」、「異例」とも考えられない。

本件事故は、深夜田園地帯で通行車両のほとんどない舗装された道路を通行中、曲り角で右側駐車中の車両に衝突した事案である。一般的な自動車運転者であれば、制限速度以上の速度で走ること、つい安心し漫然と走行してしまうことに、むしろ同感を抱く状況である。特に、本件は、「暴走」と表現されるような、例えば時速一〇〇キロ、一二〇キロという高速になく、一般にみられる車両速度の事案である。

右のように、原判決の「重大な過失」へのあてはめは、一般的な社会事象の現実から余りにも遊離した判断といわざるをえない。

四  以上のとおり、原判決は「重大な過失」についての判断基準、事実認定の双方において一方的なものであつて、到底容認できない。

(被控訴代理人の追加陳述)

一  「重大な過失」の定義について

1 控訴人らは、原判決が定立した「重大な過失」の概念について、明確性、客観性に欠けると非難し、それは従来の判例、学説が「重大な過失」を「故意に近似する注意欠如の状態」とするのを更に拡大するものであると主張する。

しかし、近時の判例は、「重大な過失」とは、保険者に免責を与えることを当然であると一般人が認めうるような被保険者の過失であると解しており(秋田地裁昭和三一年五月二二日判決、下級民集七巻五号一三四五頁)、また学説も、商法六四一条の免責規定の主旨は、被保険者が故意または重大な過失により自ら保険事故を招致するような場合、これについての保険金請求を認めることは、当事者に要求される信義誠実の原則、公序良俗に反するものと説明している。

2 ところで、控訴人らが原判決の定義を明確性、客観性がないと非難するのは、故意性及び射倖性のみが免責の根拠であるとの独自の前提に立つているためである。確かに、故意性とか射倖性によつて惹起された事故が免責されるのは当然であるが、仮に偶発的な事故であつたとしても、その事故原因を探求した結果、各種取締法規に違反した行動の結果として事故が惹起されたとすれば、右事故は単に偶発的なものではなくて、被保険者の反社会的な行動から必然的に惹起されたものというべきであり、その非難可能性は極めて高いものである。

このように、故意性、射倖性に基づくものではないが、被保険者が事故を生ぜしめたことに反社会性が認められる場合は、公の秩序を維持するため保険者に免責を与えなければならない場合がありうる。しかも、飲酒運転、無謀な高速運転自体いずれも故意による継続的なものであつて、その非難可能性は極めて高い。

3 控訴人らは、原判決が「重大な過失」の判断基準を被保険者の職業地位により判断すべきであるとしたとしてこれに非難を加えているが、原判決は、「重大な過失」に該当するか否かを具体的に判断するに当たつては、「被保険者と同種の職業地位にある者に課せられる注意義務の程度、当該人が右注意義務を怠つた程度、これに対し向けられるべき社会的非難の程度」など個々具体的な状況を勘案してこれを決すべきものであると判示しているのである。しかして、控訴人らの主張はこれを誤つて要約したものであり、原判決は、右基準を被保険者の職業地位により判断すべきであると判示したものではなく、右の職業地位にある者に課せられた注意義務が重大過失の判断の一要素となることを判示したものであることはその判文から明らかである。

4 被控訴人は、本件免責事由である「重大な過失」とはその著しい注意義務の欠如の状態が社会通念上免責を是認せしめるものであれば足りると主張しているのであり、従つて、原判決がこれを「故意に近似する注意欠如の状態である必要はない」と判示したことは誠に正当であると考える。

二  控訴人らが問題とする原判決の事実認定について

1 本件道路の見通しについて

甲第一号証の実況見分調書添付の見取図の道路条件には、「見とおしよし」、「夜間暗」とされ、同調書は、昭和五三年四月三日午後一一時五〇分から翌四日午前一時にかけて実施され、その時の見分結果を記載しているのである。従つて、右証拠に基づく原判決の認定には何ら不合理な点はない。

もし、控訴人ら主張のとおり見通しが悪いのであれば、運転者に強い徐行義務が課せられるのであり、いずれにしても、亡敏朗の重過失は否定できない。本件では、むしろ駐車車両に対する見通しよりも、カーブの状況を見通しながらこれに相応しない高速で走行したことに問題がある。

2 駐車車両を「小山のような」とする点について

甲第一号証によれば、駐車車両は高さ三・二一メートル、幅二・一メートル、長さ六・八八メートルであり、「小山のような」という表現はともかく、本件道路の状況からすれば極めて容易に発見できたものである。

なお、甲第二号証の写真(六)に撮影されている車両は本件の駐車車両ではない。

3 駐車車両が一・二メートル移動したことについて

駐車車両が一・二メートル移動したことは、甲第一号証の実況見分調書に明確に記載されているところである。右調書添付の見取図の<1>、<ア>は、衝突地点における両車両の位置であり、右見取図には、駐車車両が一・二メートル移動した位置は図示されているが、これに食い込んだ状態で一体となつて移動した本件車両の位置が図示されていない。

従つて、見取図のはん例の不動文字を安易に利用し、<1>、<ア>を両車両の停止地点であるかのように記載しているのは正確性を欠くものではあるが、控訴人ら主張のように本件車両が<1>で停止したことを示すものではない。

4 タイヤ痕について

控訴人らは、原判決がタイヤ痕の形状が終始一様であると認定したのは、写真撮影のための白墨の表示をもつて判断したものであると主張する。

しかし、白墨の表示か否かは別として、甲第一号証には、「タイヤ痕が四条、わりあいはつきりと認められ、いずれもわん曲をえがいていた」と記載されており、その形状に変化がみられたとはしていない。原判決は、右事実と「本件タイヤ痕はカーブの角の部分にはついておらず、カーブの角を通り過ぎた後に始まつていること」も考え合せ、タイヤ痕をスリツプ痕であると認めたのであつて、もとより正当である。

5 道路中央部を進行していたとの点について

原判決が、本件車両が「道路中央を走行してきた」ことを指摘したのは、控訴人らがクレーン車の右側駐車を理由に重過失を否定しようとしたのに対し、亡敏朗運転の車両が「クレーン車の左側駐車を予測してこれを避けるために道路の右側部分を通行したものとは到底解し難く、むしろ同人が駐車車両に介意することなく走行していた」ことを示すためであつた。

それにもかかわらず、控訴人らが「むしろ左折するにつき左方より中央よりに寄つた状況が推定できる」というのは、自らの主振の根拠をくずすものである。

6 時速七〇キロメートル以上との点について

控訴人らは、甲第一号証の実況見分調書のタイヤ痕には相当量のカーブ痕が加入しているはずであると主張するが、原判決も指摘しているように、「本件タイヤ痕はカーブの角の部分についておらず、カーブの角を通り過ぎた後に始まつていること」から、右タイヤ痕はカーブ痕ではない。カーブ痕であれば、右前輪、右後輪のみ痕跡を残すと考えられるのに、本件では四条の痕跡が長く続いており、右前、後輪のそれは左に比べわずかに長いにすぎない。

本件道路のカーブの状況からすれば、もつと前方の地点から、うすいながらカーブ痕が存したと推測されるが、甲第一号証に何の記載もないことからすれば、これはそれほどはつきりしたものではなかつたのであろう。甲第一号証では、「わりあいはつきり認められた」タイヤ痕四条が記録されたものと考えられる。右地点より痕跡がはつきり認められるのは、横すべり状態に加え、制動がかけられたためである。すなわち、通常走行下では、ハンドルを左へ切りつつ進行する時は、後車輪の描く軌跡は前車輪のそれよりも左側になる(内輪差、外輪差の現象)。本件では、タイヤ痕の端初部分より、後車輪の軌跡は逆に前車輪の軌跡の右側へ相当ずれているので、この地点で既に横すべり状態となつていたことは明らかである。

三  「重大な過失」のあてはめについて

原判決が本件事故は亡敏朗の重大な過失によつて惹起せしめられたものであると判断したことは、正当であると考える。

ところで、控訴人らは、原判決が事故の態様から酩酊を推定したのは不当であると主張するが、原判決が認定した本件事故発生の状況、すなわち、本件道路の見通しの良さからすれば、約一〇〇メートル以上前方から駐車車両を発見することが可能であるのに、衝突直前になつてブレーキ操作をしていること、本件車両はほぼ道路中央をまたぐような形で走行していること、ブレーキをかけてから衝突回避のためのハンドル操作をしていないことを総合して考えると、亡敏朗の運転は通常の運転者にありえない運転ぶりであつたと判断されることは当然である。

更に、原判決は認定していないが、原審証人村田郁子の証言により、亡敏朗の飲酒状況及び外出状況をみると、酒二升を五人で飲んだのであるから、平均すると一人四合、亡敏朗がかなり飲酒傾向があり一番若いことを考え合わせると、同人は五、六合位飲酒したのではないかと推測され、テレビを見て歌を唱つていたが突然立ち上り、何も言わず玄関を出て行つたので、妻の郁子が追いかけて行つたのにこれを振り切つて一人で外出して行つたというのであり、この間における亡敏朗の行動をみると、亡敏朗はかなり酩酊のうえ運転を開始したものであり、更に家へ帰ると言つて出たにもかかわらず、また妻の実家に戻る進行方向における事故であることからすると、亡敏朗はアルコールの影響を相当受けていたことは間違いない。

第二証拠関係〔略〕

理由

当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果を参酌してもなお、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がなく失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次に訂正、付加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

一  訂正

1  原判決一三枚目裏四行目の「支払請求権譲渡人」を「支払請求権譲受人」と訂正する。

2  同一四枚目裏一行目の「被保険者の」を「被保険者ノ」と訂正する。

3  同一八枚目表六行目の「摩擦係数〇・七」から同七行目の「概算されるものである。」までの部分を、「摩擦係数〇・五五として、次の公式により制動開始直前における本件車両の速度を概算すると、時速約六二キロメールとなる(V=時速km/st' S=制動痕m、f=摩擦係数)」と改める。

二  付加

控訴人らは、前記引用にかかる原判決の事実認定の中左記の諸事実に対する認定を争い、当裁判所も同一に帰した本件免責事由である「重大な過失」についての判断を争うので、以下右認定、判断を若干補足することとする。

1  本件道路の見通し及び駐車車両が「小山のような」との点について

控訴人らは、原判決が「本件事故現場附近の道路両側は畑で障害物もないため、カーブの手前から見通しは十分に利き、高さ三・二一メートル、長さ六・八八メートル、幅二・一メートルの小山のような駐車車両をカーブの手前から認識することは闇夜においてもさして難事ではなかつた」と認定したことを非難する。

しかしながら、成立に争いのない甲第一号証の実況見分調書によれば、同調書に記載されている実況見分は本件事故が発生した昭和五三年四月三日午後一一時五〇分から翌四日午前一時までの深夜に実施されたこと、そして、見分者は、本件事故当時は闇夜であり、本件道路が亡敏朗運転の本件車両の進行方向に向け半径約二〇〇メートルの左折カーブを描いているものの、事故現場附近の道路両側は畑であることから、進路前方の見通しを妨げる人家等の障害物は何もなく、夜間の走行状態においてもカーブ前方の見通しは良好であつたこと及び本件車両が衝突した駐車車両は高さ三・二一メートル、長さ六・八八メートル、幅二・一メートルの普通貨物レツカー車であつたことを確認したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、原判決が甲第一号証に基づき本件道路の見通し及び駐車車両の大きさ(ただし、これを「小山のような」と形容した措辞に問題はあるとしても)について前記のような事実認定を行つたことには、駐車車両の形状が控訴人ら主張のとおりであつたとしても控訴人ら主張のような不合理な点はないというべきである。

2  駐車車両の移動について

前示甲第一号証の実況見分調書には、駐車車両を停めておいた平河幸由が、実況見分時に、同車両は当初駐車しておいた位置から約一・二メートル位前方に押出されている旨指示説明したので、見分者がこれを確認したところ、駐車車両が押出されたとする右部分には同車両のタイヤ痕が路面上に認められたと記載されているが、他方、同調書には、右調書添付の見取図の<1>が衝突地点であり、かつ、本件車両は右<1>地点において駐車車両に食い込んだ形で停止していた旨の記載があるのに、見取図には、駐車車両が右衝突及び停止地点から一・二メートル前方に押出された状況が図示されており、右調書本文中の記載と見取図との間には多少の混乱が認められる。

そこで、右調書本文、同添付の見取図及び写真を合せ考えると、右見取図<1>の地点は、本件道路の屈曲ないし分岐点及び道路附近にある電柱等固定物を基点として、本件車両が駐車車両に衝突しこれに食い込んだ形で停止している最終状態を示したものと認められ、従つて、駐車車両が右<1>地点で衝突され、一・二メートル前方(東方)に押出され、本件車両と駐車車両とが分離するような形で停止していたと受け取れる右見取図部分の図示は正確性に欠けるものといわなければならない。右認定事実に基づき本件車両と駐車車両の衝突時の位置関係を検討するに、前示実況見分調書中には、前記のとおり駐車車両は衝突により当初の駐車位置より一・二メートル前方(東方)に押出され、これにそう駐車車両のタイヤ痕の存在も見分者によつて確認され、かつ、これを否定する証拠もないことからすれば、見取図中の駐車車両の当初の駐車位置及び本件車両と駐車車両の衝突地点は見取図の<1>、<ア>点よりも更に西方一・二メートルのところに位置したものと推認され、両車両は同地点で衝突し、見取図<1>点まで移動して停止したものと認められる。

よつて、原判決が甲第一号証を証拠資料として、本件車両が駐車車両に衝突した際、駐車車両を一・二メートル押し動かしたことにより辛うじて運動エネルギーを失ない停止したものと認定したことは証拠上これを首肯できる。

なお、控訴人らは、本件車両が駐車車両に衝突し、駐車車両を一・二メートル押出したのであれば、本件車両のブレーキ痕以上に濃いタイヤ痕が路面に付着しているはずであるのに、この痕跡は全く認められない旨主張するが、前叙のとおり本件車両は駐車車両に衝突しこれに車体を食い込ませるような形でその運動エネルギーを喪失させ停止しているのであるから、その間における運動エネルギーの消滅には複雑な力関係が働くものと認められ、衝突後に控訴人ら主張のような本件車両のタイヤ痕がないことをもつて駐車車両が移動したことを否定することはできないものといわなければならない。

3  タイヤ痕及び道路中央部を進行していたとの点について

前示甲第一号証の実況見分調書によれば、本件事故現場には、同調書添付の見取図に図示されたとおり本件車両のものと認められるタイヤ痕四条がわりあいはつきりとその起点から終点まで付着していたこと及び右タイヤ痕はいずれもわん曲を描き、四条とも道路の右側寄りに付着していたことが見分者によつて確認されていることが認められる。

控訴人らは、右実況見分調書添付の写真にはタイヤ痕が撮影されていないこと及び白墨で表示した三条のタイヤ痕が写し出されているのみであることなどを理由に、右調書の正確性及びこれを証拠とした原判決の事実認定を非難している。しかしながら、本件車両の制動によつて生ずるタイヤの摩擦痕はタイヤが黒ゴムであることから黒色を呈し(本件車両のタイヤが黒色のゴムタイヤであることは前示甲第一号証の実況見分調書添付の写真及びこれと同じ写真であることについて争いのない乙第一号証の写真により認められる。)、本件道路はアスフアルト舗装された黒色の路面であること(前示甲第一号証により認められる。)及び右写真は夜間撮影されたものであることを合せ考えると、本件車両のタイヤ痕を肉眼で確認することはできても、写真上には写し出されないこともありうるから、前記実況見分調書添付の写真に本件車両のタイヤ痕が撮影されていないこと及び右写真上に白墨で補助的に示されたタイヤ痕が三条しか写し出されていないことをもつて、同調書の前記見分結果を否定することはできないものといわなければならない。

更に、控訴人らは、実況見分調書添付の見取図で図示するタイヤ痕の状況と同調書添付の写真のタイヤ痕(白墨で示されたもの)の位置関係等が食い違うことを理由に、右見取図の正確性を非難するが、右見取図は、見分内容及びその結果を判りやすくするために作成された補助的、便宜的なものであるから、その示す形状等において多少の相違があることは当然のことであつて、右指摘の相違をもつて実況見分調書全体の正確性を否定しようとする控訴人らの主張は到底採用できない。

そうすると、原判決が前示甲第一号証を証拠資料として本件タイヤ痕の状況を認定したことには何らの違法もないといわなければならない。

次に、前示甲第一号証の実況見分調書によれば、前叙のとおり本件車両のタイヤ痕は本件道路の右側寄りに残されていたことが認められ、また右調書添付の見取図に図示されたタイヤ痕の状況からみても、本件車両は道路中央部を進行していたものと推認でき、原判決の認定には控訴人ら主張のような不当な点はない。

4  時速七〇キロメートル以上との点について

前叙のとおり、本件車両のスリツプ痕の長さ及び路面の状態から摩擦係数を〇・五五として概算すれば、制動開始直前における本件車両の速度は時速六二キロメートルになるが、前記認定のとおり本件車両は自重七・六八トンの駐車車両に衝突してこれを一・二メートル押出し、これに車体を食い込ませるような形でその運動エネルギーを喪失させて停止していることからすると、本件車両は、右の衝突がなければ、更に何メートルかのスリツプ痕を加えたであろうことが容易に推認できるので、本件車両は時速七〇キロメートル以上の速度で進行していたとの原判決の認定は当裁判所としても首肯できる。

また、控訴人は、前示甲第一号証の実況見分調書のタイヤ痕には相当量のカーブ痕が加入しているはずであるから、本件車両の進行速度認定に当たつてはこのことが考慮されなければならないと主張するが、右調書によれば本件タイヤ痕は道路の屈曲点を通過した後に付着していることが認められるから、これにカーブ痕も加入されているとの控訴人らの主張は採用できない。

5  本件免責事由である「重大な過失」の存否

以上の認定事実(原判決引用部分を含む。)を総合すると、亡敏朗は、酒気帯び運転につき、道路交通法が危険の発生あるいは増加の蓋然性が極めて高いものとして自動車の使用または運転を禁止しているのにもかかわらず、事故時においてさえ血液一ミリリツトル中〇・九八ミリグラムのアルコールを保有(このアルコールの程度からすれば、亡敏朗の運転行為が道路交通法一一九条一項七号の二の処罰事由に該当することは明らかである。)し、アルコールの影響下に闇夜、道路状況を無視し、かつ、制限速度四〇キロメートルの屈曲した路上を前方注視を怠つたまま時速七〇キロメートル以上の高速運転をして駐車車両に衝突したものであるから、本件事故は亡敏朗の悪質重大な法令違反及び無謀操縦の各行為によつて惹起せしめられたものというほかなく、亡敏朗には重大な過失があつたものといわざるをえない。よつて、原判決が亡敏朗の本件事故による死亡は、本件共済契約における免責事由に該当するものと判断したことは正当であるというべきである。

そうすると、控訴人らの本訴各請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀧川叡一 早瀬正剛 玉田勝也)

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